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2004年07月23日(Fri)
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どびの輔日誌

どびのすけ日誌というサイトで、某芸能事務所に、離婚費用を肩代わりしてもらっている芸能記者が登場します。ぶっちゃけた話、買収です。

芸能界どびの輔日誌
2001年の 3月25日の記事です




いえることは、この事務所というのは間違いなく大手だということです。


ハテ、どうしてそんなことがいえるのだ?規模の小さな事務所だって、買収するかもしれないだろう。弱小だって、一人くらいなら買収できる余裕はあるだろうし、タレントについて、記者にいいこと書いてもらい気持は大手と変わらないだろうし、買収するメリットは、大手、弱小ともども変わらないのではないのか?



答えですが・・


買収するメリットは、大手になればなるほどあがります。
それに反して弱小は、そんなことをしても意味がありません。
ですから、こんなことをする事務所は、大手以外にありえません。


理由ですが・・



小規模事務所は金がないから・・これは理由にはなりません
一人か二人の事務所でも、売れっ子を抱えているのなら、金は持っています。
問題は規模です。規模と資金の両方といってもいいでしょう。その両方が、相当ある事務所でないと、こんなことやっても無意味なのです。


小規模事務所であれば、自分の所のタレントの数が、売れっ子芸能人全体に占める割合などわずかなものです。いくら売れっ子がいたとしても、小規模事務所であれば一人か二人にしかすぎません。売れっ子芸能人がこの世に数あまたいる中、自分のタレントが紙面に登場する頻度など、ごくわずかです。たかだか数ヶ月にいっぺんくらいしか出ない自分の芸能人の記事をよくするため、小規模事務所があえてそんなことをするでしょうか?買収の効果が発揮できる範囲がごく狭いというわけです。そのために一人の記者を買収したとして、効果は薄いでしょう。


また、買収した芸能記者が、芸能記者全体に占める対する割合というものもあります。芸能記者などはいて捨てるほどいるのですから、そのうち一人を買収したところで、そんなもの焼け石に水。これまた効果は薄い。こういったものは、政治と同じで、数をこなさなければダメです。かといって小規模だが金持ちの事務所※が、大手並に物量勝負をかけて、たくさんの芸能記者を買収することなど、なおさら意味が無いでしょう。





買収したところで、規模そのものがちいさいのであるから、印象を良くしてもらいたいと願う、子飼い芸能人(たとえば人気がまだないがプッシュしたい新人)そのものも少ない。期待される効果は少ない。プッシュしてもらいたいタレントを山ほど抱えていて、なおかつ買収した記者が、全体の割合で、一定以上のシェアを占めていないと、まったく意味が無いわけです。どうせやるなら徹底的に、でっかくやらないと意味がない・・結局、無理やりやれば小規模事務所も可能かもしれないが、無意味だ・・というわけです。



(※小規模だが金持ちの事務所・・・・ハテ、金を持っているんだから小規模とはいえないのでは?
っていうか、買収などのフィールドにおいてそんなに大手が有利なことならば、規模の拡大とは、最良の投資先なのでは?ということは、金もってる小規模事務所は、規模を拡大してさっさと大手になっちゃえばいいじゃないか・・と反論する人もいるかもしれません。
ですが、有効な投資先が、規模拡大だけではないのはどの業界でも同じですし、投資を控えて、タレントの所得や儲けに回したいと思っているところもあるでしょう。また、大手になりたいと思ってる事務所は、とっくに金をつぎ込んで大手になっている、あるいは大手に拡大中なわけですから、こういった事務所は小規模事務所の範疇には入らなくなります。小規模でありながら金を持っている事務所というのは、金を持っていながら、あえて規模を拡大しない事務所ということです。この辺の話はまた後で・・本題に戻ります)




記者は、タレント一人頭に対して、ヨイショがいくら・と歩合でやっているのではないでしょう。若し記者が、100人タレントがいる事務所に買収されたとしたら、売れっ子かそうでないかにかかわりなく、その100人のタレント全員をヨイショするでしょう。紙面にのる頻度は二日にいっぺんくらいになるでしょう、効率は抜群に良くなります。そして、買収されている記者も自分だけではなく、全体の数割を占めているとしたら、ますます効率は良くなります。
買収に投じた資金に対して、相対的な効果は大きく、資金的な体力があって、なおかつ大規模な事務所であれば、絶対に”やり得”な手です。


しかし、弱小、小規模事務所でも、記者を買収するメリットはあります
タレントが不始末をおこしてしまい、ある記者に弱みを握られ、なおかつ、その記者がだれかを特定することができた場合です。その記者が、何からの弱みでももっていれば、もみ消しの買収をするかもしれません。これは、メリットはあります。


これは、事後処理的、個別的、あるいは火消し的な対処策といえます。軍事的な言い回しを使えば、国境警備、対ゲリラ警備のような、敵が出没してきたら、その都度撃退するといった逐次的防衛策とでもいいましょうか。これは規模にかかわらず、どんな軍隊でも敵がきた以上、やらなければならないことですし、規模にかかわりなく必要であることといえます。軍隊と同様、事務所にも同じことが言えます。これだって、大規模ならば有利なことに違いはないのですが、タレントの数が多ければ不始末の数もそれに比例するでしょうから、当然、出費もそれに比例して多い、規模にかかわらずタレント一人頭のコストは同じなわけで、ある意味平等であるともいえます。

しかし、このような、ある特定のスキャンダルにたいして、特定の対象に対策をするといった、対象を絞りこんだ事後処理とは違い、マスコミ界に隠然たる影響力を及ぼしたいといった、事前処理、予防的処理である、いわば軍事的に言えば”じゅうたん爆撃””火力制圧”である場合、小規模な者の攻撃効果は加速度的に減少します。相手がでかくて、なおかつ仕掛ける側も大した物量を持っていないとしたら、暖簾に腕押し、やっても焼け石に水。こういったことをする場合、爆撃と同じく、やるならとことんまで、そして、数をそろえないと効果がない・・というわけです。ここで大手と弱小の差がついてしまうわけです。




ハテ?弱小など、みんな合併して大手になっちゃえばいいじゃないか・・バーニングはそれをやっている・・・そうでない弱小のところは非常に苦労している・・バーに入るのがどうしてもいやなところはあるだろうが・・だったら、バーニングではない弱小のところも、対抗策としてどこかのカサの下に入るか、あるいは弱小同士が全結集して、ひとつの集合体を作るかすればいいではないか・・・・ある事務所が一人の記者を買収したら、”その記者の擁護範囲は、その事務所が所属しているグループ内の、すべてのタレントに及ぶべし・・”などと確約させれば、数のメリットが生きるではないか。どうしてそうしないのだ?









巨大勢力ひとつ+弱小勢力多数という状況の場合、弱小は、巨大勢力の、個別の切り崩し工作などをうけて、誘惑に耐え切れず合従してしまうところがあります、弱小勢力がすべて結集した場合、必ず巨大勢力以上の規模になるはずだから、弱小は結集した方が絶対得である・・といって、足並みそろえてすべての弱小勢力が巨大勢力に対抗できる一枚岩になれるわけではありません。諸葛公明も悩んだように、企業活動や、政治史や中国の歴史でも紐解いてみれば、そこらへんの感覚はだれしもつかめると思います。芸能界も同じことです。巨大勢力であっても内輪の派閥争いはあるでしょうから、要は、互いの結束力の違いの問題であるわけです。第一、合併すれば、今まで堅実な仕事をしてきた企業は、業績の悪い企業に足を引っ張られて、損してしまうこともあります。何が何でも、大きくなることがすべて良し、ということは、いえないというわけです。


巨大勢力は結束がある、それ以外の弱小同士は結束が無い、しかし、その結束のなさが、弱小同士で競争しあうフィールドに置いては、よき競争、切磋琢磨が生み出され、芸能のレベルアップに転じるという、いい傾向を生み出します。


それは、消費者を含む芸能界全体にメリットをもたらします。レベルアップ競争によってタレントの質が上がった弱小事務所は得をしますが、当然敗者もいるでしょうから、全体としては、巨大勢力がシェアをへらさない以上、勝者の数だけ敗者がいて、弱小世界全体の損得は同じです(芸能界のレベルアップによって、芸能界に興味を持ち、金を落とす消費者そのものがふえ、パイ自体が増えた場合は、得が増えたといえるでしょう。競争世界に身をおいて、お互いよかったね、ということです)。


これが弱小同士のフィールドではなく、芸能界全体の傾向だったら、全くもって理想的な世界なのですが・・残念ながら弱小同士でレベルアップ合戦、ゲームでいう、”スライム叩いて経験値稼ぎ”して、レベルを高めた”弱小競争世界”が消費者のシェアを拡大して、大手がレベルにおいて相対的に劣りはじめ、消費者のシェアを奪えなくなり衰退・・滅亡。なかなかそういうわけにはいきません。弱小世界どうして、激烈な自由競争をしているということは、弱小同士の結束力がないということでもあり、当然それに比例して、巨大勢力の切り崩し工作は容易であるといえるからです。



地方勢力がお互い競争しあう地方分権の封建主義は、中央集権に比べて、国力の増大に害がある存在であるとはいえない。しかし、ある強大な勢力の脅威がせまってきて、それに一丸となって対抗しなければならなくなった場合、決して強い存在とはいえない。これと同じです。内部での競争力をとるか結束を取るか、間を取るならどこをとるか・・・このジレンマは、明治維新やECの歴史を見てみればよくわかります。芸能世界でも、おなじことがいえるわけです。