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2004年07月06日(Tue)
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eienさんの最返信 2

というわけで・・


1の続きです


昔と今ではちがうのか?



結論から言うと


規模は多少違いますが
今と昔で、大した変わりはありません。
なぜなら、昔も似たようなパターンがあったからです。
江戸時代、かわいいと評判の、茶屋の看板娘
あるいは、売れっ子の芸者さん、有名役者などは
浮世絵の題材にされ、飛ぶように売れました。


この傾向は、たしか大正時代まで続いていたような・・
あの時代も、やはり芸者さんはアイドルでした。


今で言うブロマイド、巻頭グラビア、写真集と
全く同じ性質のモノです。
その人の持つ芸そのものと切り離されて、
アイドル的な扱いをされていたわけです。
(茶屋の娘に、芸なんてありませんし)

股間をいきり立たせた当時の青少年たちは、
ゆくゆくは、十分な稼ぎのある大人となって、
アイドル芸者さんを身請けすることを夢見たり、
お座敷に呼んでみたいとは思っていたでしょうが
でも、それとこれとは別に、
単に、浮世絵やブロマイドをポケットにしのばせ
時々眺めながらやにやにやしていたという
自己完結した世界に生きていたことも確かです。

この心理状況は、
現代のアイドルのファンと、
全く同じだったことは想像できます。

というわけで、さっき二番目に出した
”これは芸能の範疇ではない”
これが当たってるようです。

ウリ、つまり”商品”
=”金を、ちまたからかき集められることのできる
個人のキャラクター能力”というものは、

芸とはまるきり違う物、あるいは、芸の上部構造
芸というモノはウリの中のひとつ
個人の商品的価値=ウリの中に含まれる
ということになります。

あるいは芸とは、職業技術つまり
職人さんの腕前と同じものであって
なおかつウリの一部ともいえる



←(個人の職業的技術)        →|
          |         |
職人の技量 (職能)|芸能人の芸(芸能)|青少年をにやにやさせるアイドル|
          |   ←  (ウリ)→              |


こういう関係が成り立つわけです
仮に”ウリ”を芸能と全く別のものと認識した場合
青少年をにやにや・・=ウリとなり
表はもっと単純なものになりますが
茶屋の娘さん以外の、売れっ子芸者さん、看板役者さんなど、
いまいち芸能と境界が明瞭でない物がありますので
いちおう芸能を、職業的技術の一部兼ウリの一部とします。




続きます